両宴寺 悟の手記RECORD 01

責任

2026.10.20

私は、元々、責任感という言葉に思い入れはなかった。

責任感があるという他人の話を聞くと、なんだそれはと思うばかり。

しかし、今となって分かったことがある。

それは、私は気付かぬうちに大きな責任を感じ、それに押しつぶされそうになっている。

つまり、私は当たり前のように強い責任感を持っていたのだ。

それによって、プライドが高く、他者に助けを求めることをしなかった。

いや、できなかったと言うべきだろうか。

自分だけで何とかなる。何とかせねばならないという思いがあった。

責任感が薄い者が幸せという“憎悪”

この世には責任感が薄い者が数多く存在する。

「子育ては母親に任せれば良い」と言って、育児に関わらない父親。

「仕事はサボれば良い」と考え、与えられたことを最小限しかしないサラリーマン。

そして、そういう人がこの世では、うまい汁を吸うことができる。

「子育ては母親に任せれば良い」と言って放棄し、それに耐えられない妻から、離婚だと言われても、本人には責任感がないため、「分かった」と言って簡単に離婚する。

そして、養育費まで払わない。

なんと責任感に欠けることか。

しかし、本人はそれに対して「罪悪感」を感じない。

痛くない。

だからこそ、養育費を払わず、“浮いた”お金で娯楽に興ずる。

この満たされた世界において、責任感がない者も生き延びることができる。

これが狩猟時代であればどうか。

当然のように、その村から追い出されるであろう。

責任感ないものが、容認され、増え続けるこの世界に、強い責任感を持って生まれたことを、誇れるような強い人間は少ないだろう。

だが、自身の責任感を誇り、その美学に酔い、胸を張って生きていこう。

私は、責任感の強い者が好きであり、そんな人と繋がりたいと心から思う。

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